「机」は「機」の簡体字

遊遊漢字学

2019年7月14日 2:00 [会員限定記事]

今の中国では漢字の構造を簡略化した「簡体字」が使われており、たとえば空港を「●机●」と書くというと、ほとんどの日本人には最初が「飛」の、最後が「場」の簡体字だろうと見当がつく。だがそれでも「飛机場」の三文字でどうして「空港」という意味になるのかは、なかなかわからない。=●はそれぞれ「飛」と「場」を簡略化した字体

これは、ある文字をそれと同音のまったく別の漢字で置き換えてしまう、「同音代替」という方法で漢字が簡略化された結果であり、この「机」は実は「機」の簡体字として使われている。

中国語では「機」と「机」がまったく同じ発音なので、「機」のように十六画もある複雑な漢字を使わず、それと同じ発音でもっと簡単な構造の「机」(六画しかない)を代わりに使うこととした、というわけだ。これと同じ方法で、「穀」の簡体字として「谷」を使い、「徴」の簡体字として「征」を使う。

今の中国語ではテーブルを「●」=「卓」の部首「十(じゅう)」が「木」=という漢字で表し、「机」をほとんど使わない。だから現代中国の印刷物で「机」という漢字が出てきたら、それはほとんど「機」の簡体字であると考えてよい。ラジオを「収音机」といい、「机器人」とは「機器人」、つまりロボットのこと、チャンスは「機会」ではなく「机会」と書かれる。

同様に携帯電話を「手机」と、スマホを「智能手机」と書く。「手机」という字面を見ると、日本人なら「小さなデスク」というような意味と考えてしまうだろうが、それはとんでもないまちがいなのである。

「機」は難しい漢字だから、もっと簡単に書ける「机」で済ませてしまうというのは、日本人にはまことに大胆に思える。そんなことをして、中国人は間違ったり混乱したりしないのか、と心配したくもなるが、しかし「手機」でも「手机」でも、声に出して読めばまったく同じ発音になるから、実際に意味を取りちがえることはない。それはかつての日本語で「訣別」とか「車輛」、「月蝕」と書かれていたことばが、いま「決別」「車両」「月食」と書かれるのと、実はまったく同じことなのである。

(漢字学者)